Ⅳ 部素材別シェアの推移と関係企業の動向
これまで、リチウムイオン電池の将来展望、その世界市場における日系企業のシェア推移、および用途別リチウムイオン電池のニーズと将来展望を見てきました。その過程で、リチウムイオン電池については、最終完成品とは別に、部素材別のシェア推移なども重要な要素であることを知りました。これを見ます。
ⅰ 化学や電気工学の知識が乏しく、リチウムイオン電池は、リチウムイオンが電解液を介して正極と負極の間を行き来するときに、正極と負極を結ぶ回路に電子の流れ(電流)が発生して、充電と放電が繰り返されるくらいしか知らなかったのですが、その部素材の名前や作用となるといっそう難しく感じられます。
そこで、名称など最低限のことを図で確認しておきたいと思います。初めに、リチウムイオン電池部素材の名前を下図でご確認ください(構造と仕組みについては4月21日付け①の図も参照してください)。また、図に主要4部材の性質や材料などに関する説明が付いていましたのでそれもご参照ください。なお、図と説明は、下記からの引用です。
(主要4部材の性質や材料などに関する説明)
低コスト材料がカギ リチウムイオン電池は、スパイラル構造となっている。シート状の正極材と負極材をセパレーターで分けて渦巻き状にしたものであり、リチウムイオンが正極と負極を移動することで充電と放電を行う。製造コストのうち7割を材料が占めている。負極材にはカーボン系、合金系、電解液には有機溶媒、セパレーターには合成品などが使用されている。中でも正極材のコストが高く、日本で主に使われるのは、エネルギー密度が高いニッケル、コバルト、マンガンからなる酸化物。一方中国で使われるのは、コストが安く安全性が高いリン酸鉄リチウムである。リン酸系は、課題である電気伝導性も改善されつつあり、採用が増えている。住友大阪セメントは、リン酸マンガンリチウムという新材料の開発に成功した。今後も材料メーカーが、低コストで安全性や耐久性が高い新材料を開発することが、日本が再び世界の電池市場をリードするためには欠かせない。
ⅱ 次に、製造工程などに関する「リチウムイオン電池における各プレイヤー」と題する以下の説明と図をあげておきますので、随時、参照してください(政策投資銀行「バッテリーベイの現状と今後」4頁)。
ⅲ 矢野経済研究所は2019年12月2日、「リチウムイオン電池主要4部材の世界市場を調査し、民生小型機器用や車載用などのリチウムイオン電池セル用途や主要4部材の出荷動向、国別の設備投資、部材価格の動向」などを公表しています。以下では、そのうち、主要4部材の出荷動向に関する説明をピックアップして紹介します(一部、文意を損なわない範囲で語句の修正等をしています)。
(図表1を参照してください)。リチウムイオン電池の世界市場は2016年以降、車載用が牽引するかっこうで成長が続いている。2018年のリチウムイオン電池主要4部材世界市場規模(メーカー出荷金額ベース)は、前年比34.2%増の196億6742万4000ドル。2019年のそれは前年比115.2%の226億6,166万2,000ドルを見込んでいます。
次に、図表2を参照してください。2018年のLiB主要4部材世界市場(メーカー出荷数量ベース)において、引き続き中国メーカーが存在感を維持している。出荷数量における国別構成比で、中国は正極材63.6%、負極材74.0%、電解液69.7%、セパレーターは56.7%で6割に迫る勢い。
日本はセパレーターが引き続き30%台を維持しており、他の部材は10数%~20数%台。今後、欧州自動車メーカー、日系自動車メーカーの車両電動化で車載用セル向け需要増が日系部材メーカーの伸びをけん引すると予測している。
将来展望としては、世界市場において、2020年代前半までは自動車メーカーの電動車ラインナップ(M-HEV、HEV、PHEV、EV等)生産が促進され、これを受けた車載用LiBの生産拡大が続くことで主要4部材需要の拡大は今後も続く。2022年の世界市場は334億0356万1000ドルと予測。
※ M-HEVはマイルド・ハイブリッドです。アイドル・ストップ車やトルク・アシストのみ行うようです。しかし欧米では、環境にやさしいエコ自動車として、道路の優先通行などが認められるのはEVとFCVだけになりつつあるように思います。
ⅳ 上記、矢野経済研究所の発表は2019年12月2日付けで、2015ないし2016年から2018ないし2022年までの実績値と予測に基づくものです。
ところで、以前8.27付けの⑰で示しています2011年ものづくり白書の「リチウムイオン電池分野における日系企業の世界シェア推移」の図(「部素材」については図の右側です)は、少し古くなりますが2004年と2008年における日系企業の世界シェアを比較し、それを棒グラフで示すとともに、以下に紹介する分析を述べています。
2011年ものづくり白書の図の棒グラフを一見した印象では、2004年と2008年の頃の部素材の平均は75-80%位ですから、約10年経過して日系企業の部素材の世界シェアは平均で50%ほど低下しているようです。リチウムイオン電池の完成品と部素材に対するニーズは右肩上がりで増えていますが、日系企業の世界シェアは反対に右下がりで、完全に✘状のたすき掛けになっているのです。この世界シェア推移について以下で示すように(青色、赤色は比山による)説明されています(2011年ものづくり白書116頁)。
2004年と2008年における日系企業の世界シェアを比較すると、最終製品については、特にシリンダ型電池、リチウムイオンポリマー二次電池における低下が目立っている。これは、韓国・中国企業の躍進によるところが大きい。一方、部素材においては、負極材、セパレータ、バインダー等、2008年においても80%を超えるシェアを維持しているものも多い。
しかし、ヒアリングの結果によると、至近では部素材分野でも韓国・中国企業等のシェアが拡大し、日本製品のシェアは下降傾向にある。その背景としては、大規模集中投資や品目の絞り込みによるコスト競争力の強化を通じた、韓国・中国製最終製品の世界シェア拡大を指摘する声が聞かれた。つまり、韓国・中国製最終製品には相対的に価格の安い自国製の部素材が採用されやすいため、最終製品市場におけるシェアの拡大が、関連部素材のシェアの拡大にも繋がっていると考えられている。各国政府による産業政策なども踏まえると、韓国・中国企業は将来的にも主要な競合相手になると予想される。
ⅴ 国際競争の厳しい現実を分かりやすく図示すると、上記のように、たすき掛けになるということで、供給サイドでリチウムイオン電池への関与を検討したいと考える者としては、この✘状を見るたびに「ウ~ン・・・」とうなるばかりです。
リチウムイオン電池に対するニーズが右肩上がりで増えているとき、日系企業の世界シェアは逆に右下がりというのはどうしてなのでしょうか。世界シェアが右肩上がりであれば言うことありませんが、せめて増減なしの一定状態を望むことはできないものでしょうか。すると、すぐにでも検討しなければならないいくつかの論点が思い浮かんできます。
①中国や韓国のメーカー、および両国の政府はどんな戦略をとってきたのか、②それに対して日本メーカーの戦略はどうであったのか、なすべきこと・できること・できないことを明確に認識していたか、③エネルギーと産業政策を所管する経済産業省と資源エネルギー庁などの所管経済官庁はいかなる展望と戦略であったのか、④米国や欧州諸国などのユーザーは、日本と中国や韓国メーカーの製品について、どのような評価を有し、取引してきたか、⑤以上すべてについて、日本の政府とメーカーはどのように課題を認識し、どのような将来見通しを持っているか、などです。
ⅵ 考えられる論点すべてについて検討をする準備と時間はありませんが、日系企業の国際的競争力の源泉について、しっかりと受け止める必要があると思われる指摘を見かけましたので、以下に(青色、赤色は比山による)それを紹介します(2011年ものづくり白書117頁)。
競争力の背景
リチウムイオン電池分野における日系企業の競争力は、技術面での優位性に支えられている。最終製品については、日本製品の「安全性」と「高容量化」の高レベルな両立が市場で評価されているといわれる。
一方、部素材についてはこれに加え、最終製品メーカーにおける生産工程に配慮した品質特性の付与(耐久性、加工性など)、生産技術(均質かつ高品質な大量生産技術、試作から量産への切り替えや他品種生産への切り替え等の生産ラインの柔軟性など)、信頼できる素材メーカーとのすり合わせにも言及があった。
過去から培われてきた生産技術や関連企業とのすり合わせは、海外企業から簡単に模倣されるものではなく、日本製品が高い評価を維持している一因である。川上から川下まで、関連企業が国内に集積し、お互いに切磋琢磨していることが、最終製品の競争力の源泉にもなっているといえる。
残念ながらこの指摘は生かされなかったようです。参考までに、2013年の時点ですが、「バッテリーベイ」と呼ばれていたときの関西地区におけるバッテリーベイの動向およびメーカー各社の製造拠点位置図があるのでそれを示しておきます(政策投資銀行「バッテリーベイの現状と今後」1頁)。
しかし、「川上から川下まで、関連企業が国内に集積し、お互いに切磋琢磨していることが、最終製品の競争力の源泉にもなっている」との指摘はきわめて正しいように思えます。
ですから、 “環境エナジータウン直方” の創造に取り組むさいには、リチウムイオン電池やバッテリーメーカーが進出したくなるように直方の魅力を磨くことはもちろん必要ですが、「関連企業が集積し、お互いに切磋琢磨」するような地理的条件を提供できるよう、隣接自治体や政府、そして関係機関などとも十分に協議して前向きに進めることが重要になると思います。このことを強調して肝に銘じておきたいと思います。
(補足 2020.9.15付け)
車載用電池分野を特に念頭に置いてのようですが、2011年ものづくり白書は上記引用に続けて「国際標準化」に着目して以下のように述べています(118頁。「今後の市場動向」の項)。やや古くなった2011年時点の判断ですし、車載用電池以外の分野には必ずしも妥当しないかもしれません。そもそも、「国際標準化」は世界レベルの企業や国の通商産業政策が目標とするところで、一自治体がどうこうできる話ではないでしょう。それでも、国際的競争力の源泉として「国際標準化」という課題を自覚しておくことは極めて重要なように思われますので紹介しておきます。
車載用電池には、一度に充電できる電気量の確保(高密度化)、安全性の強化、繰り返し充電を行っても充電量 が低下しない工夫(長寿命化)、充放電時間(入出力)の短縮等が要求される。日系各社は、車載用電池に求められる特性を踏まえた製品開発を進めているが、ここでも従来の生産活動によって蓄積された生産技術が活かされており、車載用電池の領域においても、日本企業の競争力は高いと認識する企業が多い。
しかし、おそらく車載用電池分野においても、海外の電池メーカーはコスト競争力を高める戦略をとり、大投資競争時代が始まることが予想される。我が国の技術優位性を活かしつつ、コスト低減と市場拡大を図るためには、国際的な標準化を主導していくことが極めて重要である。 2010年4月に経済産業省がとりまとめた「次世代自動車戦略2010」では、国際標準化が将来の競争力の源泉になるとの認識に基づき、官民で国際標準化に戦略的に取り組む司令塔機能を強化すべきと提言しており、これを受け、2010年6月には、(一社)日本自動車工業会内に「電動車両国際標準検討会」が設置され、各社の協力を得て精力的な検討が進められている。