人生100歳時代と安倍政権3期目については、私にもそれなりの意見がある。
私と同じ意見に出会うことは多くないが、一昨日、私が明確に思い描いている意見とほとんど一致する見解に出会った。サンデー毎日2018年10月7日号に掲載されている倉重篤郎・サンデー時評 の記事だ(倉重篤郎のサンデー時評:寺島実郎「高齢者」革命宣言 安倍政治に騙されない! 100歳人生・本当の処方箋 - 毎日新聞)。
※ ネットで閲読でき、原文は黒字で同じポイントだが、まことに失礼ながら、色を変えたりポイントを大小にしたりして、私が特に重視する箇所であることを示すなどしている。また、「・・・」は途中省略していることを示している。宥恕いただけると幸いである。
知の再武装をせよ!
団塊世代の「知のテーマセッター」寺島実郎氏が、高齢者が社会の変革者になる道を提言。安倍1強がもたらす政治的行き詰まりに対する一つの答えとして、高齢者を中核とする市民参画型の政治を主張、そのために「100歳人生」を生き抜く「知の再武装」を呼びかける。
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安倍晋三政権の3期目は、いずれ行き詰まるだろう。 ・・・
もう一人、注目すべき論考を立て続けに発表している人物がいる。寺島実郎・日本総研会長(多摩大学長)である。
71歳の寺島氏は『シルバー・デモクラシー』(岩波新書・2017年1月)で、高齢者が4000万人を占める異次元の高齢化社会の到来を見据え、その介護、医療費の高額化から社会に負担を与える存在としてではなく、社会に貢献するシルバーのあり方を模索、『ジェロントロジー宣言』(NHK出版新書)では、高齢者は知の再武装をして食と農、高度観光人材やNGOなどで社会参画すべし、と具体的提言をしている。
65歳以上の高齢者人口は近い将来4割になる。有権者人口比で言えば5割、さらに、その投票率の高さから有効投票数の中では6割の決定力を持つ世代だ。その政治的プレゼンスに着目したのが寺島氏だ。この世代は団塊世代を中心に、戦後の混乱期に幼少期を過ごし、大学闘争を経験し、高度成長と共に企業戦士になり、そして今リタイアを迎えて、次なる自分探しをしている。80歳でもまだ7割が健常者だが、彼らが活躍する社会的受け皿がないため、しかるべき社会活動、貢献をする意思と能力を持て余しているのが現実だ。
彼らが社会参画できるプラットフォームを多元的に作る。そして、彼らの社会貢献によって日本の世直しを実現する。それが目下の最大の課題である。というのが寺島氏の宣言である。
それは高齢者をお荷物扱いせず、社会の改革者にしようという、ある意味革命的な発想の転換でもある。社会的に疎外されている層であるがゆえに、社会変革の担い手になりうる。それはマルクスの共産党宣言にも通じる考え方だ。
多分、そこには安倍政治に代わる政治勢力再結集を睨(にら)んだ寺島氏の戦略もあるに違いない。それはそれとして、虚心に問いたい。「人生100歳時代」に我々はどう生きるべきなのか。寺島氏が求める知の再武装とは何なのか。蔵書4万冊以上を所蔵する東京・九段の「寺島文庫」に寺島氏を訪ねた。
まずは、今回の自民党総裁選を総括してください。
「重要なのは、自民党が(総裁を)交代させられなかったということだ。大きな禍根を残すだろう」
安倍氏を交代させるべきだった?
「過去に自民党は、えっ、と驚くほどに融通無碍(むげ)にトップの顔と政策を豹変(ひょうへん)させてきた。今回、その豹変力が働かなかった。これが大きい。そのツケが来年参院選にくるかもしれない」
そこまで安倍政治に限界が来ていた?
「金融政策に過剰に政治が介入し、異次元緩和と公的資金投入で株価引き上げに執着、健全な市場経済を大きく歪(ゆが)めてしまった。その結果、国際金融の世界でジャパンリスクが喧伝(けんでん)され始めた。日本が緩和の出口に向かった時に世界金融が受ける打撃が懸念されている」
「外交・安保も、集団的自衛権行使の一部容認によって米国との軍事一体化を進めたが、トランプ政権の誕生でとても相互信頼に基づく同盟関係とは言えず、むしろ米国の愚かな戦争に巻き込まれるリスクが増大している」
「世界でどう生きていくのか、自らの国家戦略について政権の主体的構想力が欠如しているために、朝鮮半島の雪解けでも、ロシアとの領土問題でも、資金提供役を期待されるだけの存在になり下がっている」
「政治手法も問題だ。代議制民主主義で選ばれた首相として、権限行使でも国民への目線でも、直接国民に選ばれた大統領と違う謙虚さとバランスが必要なのに、それを失っている。“忖度(そんたく)官僚”が公文書を改ざん、国会で偽証してまで首相を守ろうとした」
アイデンティティーは「会社名」だけ
だが、また安倍3選だ。
「二つのパラドックス(本来あるべきでない逆説的事象)に支えられた安倍氏再選だった。一つは、膨大な高齢者層が株価上げ政策に拍手している。個人投資家と称する人の約7割は高齢者だ。その心境も切ない。ゼロ金利で定期預金の利息も望めない。楽しみはせめて株価が高くなることだ」
「もう一つは経済界だ。経済のフロントラインにいる者たちが、政治依存の株価形成、金融政策の中に埋没、自家中毒症状を呈している。土光敏夫さんを持ち出すまでもなく、かつての経済界は技術革新や産業政策を語り、政治のあり方に一定の影響力を行使してきたのに、安倍政権になって発信が止まってしまった」
“高株価”デモクラシーだ。
「高株価といっても、デジタルエコノミー時代のフロントラインにある米・中七つの会社(米国のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト5社、中国のテンセント、アリババ2社)の時価総額500兆円に比べるとどうか。日本はトップのトヨタが24兆円、経団連をリードする日立が3・8兆円、“鉄は国家なり”の新日鐵住金は2・1兆円にすぎない。しかも、日銀のETF(上場投資信託)買いとGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)で累計65兆円を突っ込み、水膨れさせてこのありさまだ。ここに日本産業低迷を解く鍵があるのに、経済界からはそういう議論が出てこない」
実は高齢者が政治を動かしている?
「これは世界的傾向だ。英国のEU離脱は若い人は反対したが、高齢者が賛成した。米国では、若者たちはサンダース現象を巻き起こしてヒラリー・クリントンの正体を暴いたが、そのエネルギーが皮肉にもトランプの追い風になった。トランプ対ヒラリーでも若者はまだヒラリーのほうがましだ、というギリギリの選択をしていた。日本のみならず欧州でも米国でも、高齢者が政治的選択に大きな影響を与えた」
そこで、ジェロントロジー宣言だ。これはどういう意味か。
「私は多摩大学の学長を10年近くやって、多摩ニュータウンを含め国道16号線沿いという東京の郊外に進行しつつある現象に注目してきた」
「それは都市近郊のサラリーマン層における急速な高齢化問題だ。戦後日本の一つの到達点ともいえる。つまり、工業立国として大都市圏に人口と産業を集積させ、東京をベルトのように取り巻く16号線沿いにニュータウン、マンションをものすごい勢いで造成、戦闘的サラリーマンが住むベッドタウンを整備してきたが、その人々が急速に高齢化、一斉にリタイアした」
「彼らの意識調査をしてみてわかることがある。一つは、あなたは誰ですか、という問いに、自らが壮年期まで勤めた会社名を挙げる人が圧倒的だということだ。退職後15年、20年たってもなお自らのアイデンティティーが会社名しかない」
「田舎の高齢者にはまだ豊かな自然と農耕社会的な社会参加の場が残されているが、都会の高齢者にはそれもない。農村社会では鎮守の森があり、神主がいて、寺があり檀家があり、もめごとがあれば、一定の役割を果たすまとめ役がいる。そういう機能、人がいないのが16号線沿いだ。退職後、労働組合や社会とのつながりもなく、ある種の孤独感と寂寥(せきりょう)感で足元が危うくなっている。コンクリートブロックの中で孤立化、一種のアイデンティティークライシスに陥っている」
「単純な定年延長には反対だ」
その層を活性化させる。
「ジェロントロジーは、英和辞典では『老年学』と訳されている。ギリシア語の『geron』(高齢者)からきている。第二次大戦後、米国で生まれた学問体系だが、私はあえて『高齢化社会工学』という意味で使っている。高齢化問題を社会的コストの負担増問題として議論することから脱却、実は80歳でも7割は健常者だといわれる都市近郊高齢者が社会参画できるプラットフォームをエンジニアリングする、構想するのが極めて重要だと認識している。要は、“老人の老人による老人のためのデモクラシーにしない”ことだ」
「これまでの社会は60歳以上で職場を離れた人をどうするかは想定外だった。第二の人生、余生という形で、そこそこに収斂(しゅうれん)してくれることを期待し、想定した制度だったが、これからはそうはいかない」
「米国には退職者組織として2000万人を擁する大圧力団体があるが、日本の場合はそれがない。連合という現役サラリーマンによるナショナルセンターはあるが、退職者は元勤務していた会社名をアイデンティティーにして、バラバラに生きている。ネットワーク化し、彼らが参画できるプラットフォームを作りたい」
定年を延ばす手も?
「単純な定年延長は反対だ。組織の活力が低下するし、若い人が育たない。仕事には発展のプロセスがある、と思っている。若いうちは家族を抱え、好き嫌いは別にして生活のために稼ぐことが求められる。ただ、年齢とともに仕事の意味を問い始める。カセギ(経済生活のための活動)から、ツトメ(社会的貢献)に質が変わっていく。誇りをもって世の中のためになりたいという人の受け皿作りに我々はもっと真剣であらねばならない。それがソーシャルエンジニアリング、社会工学の仕事だと思う」
「100歳人生が現実になった今、ふと立ち止まって自分が今後過ごす年月の長さを思う時、生きる目的、方向が欲しくなる。先達の著作に生き方を学ぶことがそのきっかけになるのではないか」
「戦後日本の社会科学教育の欠陥もある。本来、学ぶべきことがないがしろにされてきた。日本近代史を改めて学び直し、戦争に至るまでの歴史に一度は真剣に向き合うべきだ。メルカトル図法的(*)地理認識も改めたい。毎日この地図を眺めることで知らず知らずのうちに日本は太平洋をはさんで米国と向き合う国なんだという世界認識を刷り込まれてきた。最新の知見としては生命科学とAIが重要だ。その進化を知れば知るほど私たちの根幹に関わる生命観、社会観のパラダイム転換の時期が訪れていることに気づくはずである」
地域密着なら「NPO」「NGO」
社会参画の分野は?
「まず挙げたいのは農業ジェロントロジーだ。都市近郊の高齢者を参画させ、工業化路線の中で切り捨てられた『食と農』を都会と田舎の交流によって再生させる。横浜の団塊世代が長野県飯綱町(いいづなまち)でリンゴ栽培を成功させている例もある」
「観光ジェロントロジーも有力だ。観光業はサービス業の中でも中核的成長産業で、政府の狙い通り2030年に訪日外国人旅行者(インバウンド)が6000万人になれば、運輸サービス、宿泊、飲食、土産物小売りなど含め、800万人程度の人材需要が発生する。英語ができて海外経験のある高齢者も多く、その幅広い知見と洞察を生かせる分野だ。法務、財務、会計に関する基礎知識のある高齢者ならNPO、NGOといった非営利活動のマネジメントに携わることで地域密着の社会参画が可能になる」
今後の展開は?
「日本総研、多摩大学、山野学苑、連合総研、みずほ、UR、JTBなどの団体・企業からなるジェロントロジー研究協議会を10月に発足させ、具体的に参画のプラットフォームをエンジニアリングしていこうと思っている」
寺島氏といえば、リベラル団塊世代の理論的リーダーの一人である。マネーゲーム国家に傾斜しつつある日本の現状を批判し、「技術志向の健全な資本主義」と「国権主義を排した民主主義」の実現を訴えてきた。その人が社会工学の実践者として始動しつつある。これはニュースといってもいいだろう。
最後は、冒頭の問題意識に戻る。今後の政界動向をどう見る?
「問題は来年の参院選だ。あるパラダイム転換が起きるかどうか」
パラダイム転換?
「職業政治家やその政治家で構成する政党の合従連衡などで、この話はおさまらない。一言で言えば、日本でマクロン現象は起こらないのか、ということだ」
マクロンとは17年の仏大統領選で、既存政党を全否定して、市民のエネルギーを背景に39歳で大統領に当選した人物である。
「カギは『民主主義のための連帯』、既成政党にこだわらない市民参画型政治だと思う」
日本にもマクロン的リーダーが出て、政治的に大きなポテンシャルを持つ都市近郊高齢者層を束ねれば、パラダイム転換(政権交代)も不可能ではない、ということと