「暮らしやすい街」として北九州市がにわかに注目されている。医療・介護、子育て環境の充実が理由だが、行政の手厚い施策は政令指定市で高齢化や人口減がもっとも進む現状への危機感の表れでもある。29日投開票に向けて市議選まっただ中の街の課題を見た。

 宝島社の情報誌「田舎暮らしの本」2016年8月号。「50歳から住みたい地方ランキング」で北九州市は全国191市区町村の1位に輝いた。光文社の「女性自身」9月6日号では「北九州市が生活天国No.1」と題した特集が組まれ、ネットサイト「日経DUAL」が12月に公表した「共働き子育てしやすい街 地方都市編」では81市中の2位に入った。

 各媒体は公表数値や自治体の取り組みをもとに生活環境を分析している。

 北九州市は年度当初の保育所待機児童数が11年度以降ゼロ。14年10月現在の人口10万人あたりの病床数も政令指定市で2位だ。学童保育を学年問わず受け入れる方針や、手厚い移住支援策も評価された。

 取り組みの背景には深刻な人口減と高齢化がある。

 北九州市は1963年に小倉、門司などの5市合併で誕生。3大都市圏以外で初の政令指定市となり、製鉄所を中心に栄えた。

 だが国勢調査の人口は80年の約106万5千人をピークに減り続け、2015年の調査では約96万1千人に。しかも減少数は05年、10年、15年の3回連続で、全国の市町村で最多だった。65歳以上の人口を示す高齢化率も29・3%と全国20の指定市で最も高い。

 中でも市が衝撃を受けたのは14年、八幡製鉄所のおひざ元の八幡東区を民間研究機関が「消滅可能性都市」に挙げたことだ。ある職員は「庁内に危機感が広がった」と振り返る。

 市は16年から、用意した住宅に1週間~1カ月、首都圏などの移住希望者に滞在してもらう「お試し居住」を実施。移住を決めた人には引っ越し代や仲介手数料の助成も始めた。

 保育の充実をめざし、16年春には保育士資格を持つ市民約6千人を選び、復職を呼びかける手紙を郵送。市の基準を超えて保育士を雇った民間保育所に人件費の補助も始めた。

 ただ、病床数の多さは合併前に旧5市ごとに市立病院が建てられ、製鉄所や旧国鉄といった企業立病院までつくられた名残でもある。また、メディアが暮らしやすさをもてはやす一方で、市の取り組みはまだ高齢化や人口減の歯止めには結びついていない。

 お試し居住で引っ越してきたのは横浜市の佐藤三征(みつゆき)さん(76)、蘇美(あけみ)さん(76)夫婦だけ。三征さんはお試し期間に高齢者施設や商店街をまわり、街と自然の近さに魅力を感じたというが、「高齢者がきて負担にならないかという思いもある」。

 特に深刻なのが若者の流出だ。16年9月までの1年間の転出と転入の差は2108人のマイナス。年代別で最大の転出超過は20代の1278人だった。都市別では福岡市への転出超過が1399人と目立つ。

 市が14年秋に市内4大学の学生に尋ねると31%が市内の就職を希望したが、16年春に市内11大学の卒業生を調べた結果、地元就職率は21・5%にとどまっていた。北九州市立大の美登洋二・学生支援担当部長は「名の知れた小売りやサービス業が多い福岡市に学生が流れがちだ」と話す。

 市は15年度、中高生や大学生向けに技術力の高い地元企業を知ってもらう催し「ゆめみらいワーク」を開始。新年度からは地元就職を前提に奨学金の返済を支援する方針だ。ある市幹部は「ここ1、2年の取り組み強化と地元志向の強まりで、少しずつだが流出数は減っている。ハードルは極めて高いが、あの手この手を続ければ流出を止められるかもしれない」と語る。

 北九州市に差す影は他の政令指定市にも忍び寄る。15年の国勢調査では、5年前より静岡市が1万1208人減り、神戸市も6928人減った。両市とも2次産業の生産量の割合が他の指定市より高く、距離が近くてより大きな東京、大阪への転出が目立つ点で、北九州市と似ている。

 これに対し、サービス業中心の福岡市は15年の調査で約7万5千人増と、全国の市町村で最も人口が増えた。だが、増加分のうち若者の割合は少なく、65歳以上が8割を占める。

 人口問題に詳しい日本総研藻谷浩介主席研究員は「東京も福岡も周辺から若者を吸い上げているが、人口増のほとんどは高齢者だ。北九州市の取り組みをひとごととしてはいられない」と指摘する。(伊藤宏樹、土屋亮)